S-parameter (以下、Sパラと記す。)を実際に業務で使用している、単語を聞いたことがある、という方も多いと思いますが、今回はこのSパラについて調べてみます。表題のRG402とは、米国軍事仕様MIL規格に準拠した高周波同軸ケーブでRGは、Radio Guideの略です。RGシリーズはインピーダンス、導体寸法により様々な種類があり米国、日本国内でも広く使用されています。
Sパラとは
Sパラは、Scattering parameters (散乱係数)の略で回路網特性を表す係数で表現されています。2 Portの場合、係数は2^(Port数)=2^2=4種類、それぞれの周波数でS11 (Port1反射)、S12 (Port2 → Port1結合損失)、S21 (Port1 → Port2結合損失)、S22 (Port2反射)が数値で表されています。測定対象がLCRで構成されるパッシブ素子の場合は、S21=S12、端子1, 2が物理的に同じならS11=S22を示します。更に周波数毎のS11, 12, 21, 22は複素数 (実数、虚数)又は (振幅、角度)で記述されています。2 Portの場合、各Portと各係数の関係は下図の通りです。
では、4 Portの場合はどうなるか図を描いてみましょう。左側は奇数Port、右側は偶数Portに割り振り、係数は2^(Port数)=2^4=16種類です。Portが2個増えると係数が4倍になります。4 Portは、差動信号(+)(-)構成に適用され、Serial ATA高速シリアルインターフェース評価に使用されています。係数は、S11, S12, S13, S14, S21 S22, S23, S24, S31, S32, S33, S34, S41, S42, S43, S44の16種類ですがミックスドSパラに変換し、Sdd21 (Port1, 2 → Port3, 4差動結合損失)、Sdd11 (Port1, 3差動反射)、Scc11 (Port1, 3同相反射)、Sdc11 (Port1, 3同相→差動変換)が規格として適用されています。
Sパラのファイルフォーマット
Sパラは、英数字で表現されておりテキストエディタでも中身を見ることができます。代表的なフォーマットは、Touch stoneと呼ばれる形式が広く普及しています。ファイル名は、2 Portの場合*.s2p、4 Portの場合*.s4pで、N Portの場合*.sNpに決められています。Touch stoneファイルは、2^Nの係数が格納されており、2 Portで4係数 (S11, S12, S21, S22)、4 Portで16係数 (S11, S12, S13, S14, S21, S22, S23, S24, S31, S32, S33, S34, S41, S42, S43, S44)、Portが増えるとデータ量も増えていくことがわかります。更にこの係数が周波数50MHz~20GHz、5,000ポイントならデータ量が5,000倍になります。
セミフレキ同軸ケーブルRG402のSパラ採取
では、比較的入手し易いセミフレキ同軸ケーブルRG402 3mのSパラを採取してみます。入手したRG402の両端は、同軸ケーブルむき出しで測定器に接続できないため、SMAコネクタを半田付けします。まず、芯線に信号コンタクトを半田付けし、外皮 (GND)を被せて更に半田付けします。その昔、SMAコネクタは特殊な冶具で芯線とポリエチレンを押し込まないと組み立てられませんでしたが、最近は半田付けだけでSMAコネクタが組み立て可能で便利な時代になりました。
測定器は、キーサイトテクノロジー社 ネットワークアナライザー E5071Cを使用しました。2 Portキャリブレーションを実施して、E5071C付属のケーブル端を校正面にします。周波数は、8MHz~20GHzまでスイープしS11 (Port1反射係数)、S12 (逆結合損失)、S21 (順結合損失)、S22 (Port2反射)を観測しました。
Port1とPort2が物理的にほぼ同じ構成なので、S21=S12、S11=S22となっていることが分かります。但し、厳密には半田付け仕上がり具合、SMAコネクタとケーブルの製造バラツキがあるため完全に一致しません。また、校正面がE5071C付属のケーブル端なので、測定対象が (SMAコネクタ+RG402 3m+SMAコネクタ)になっており、SMAコネクタ2個分も余計に測定されていますが、測定器に接続する必要があるため仕方ないですね。
では、S21特性を観察してみましょう。S21カーブにカーソルを当ててみると-3dB帯域は、3.689GHz、10GHzで-5.582dB、20GHzで-8.806dBを示しています。更に高価で広帯域な、1m 10GHz -1dB以下の同軸ケーブルも市場に出回っていますが、入手し易い安価なケーブル 3mとしてはまずまずの周波数特性だと思います。S21は、測定した同軸ケーブルの挿入損失を表していますが、主に導体損失と誘電体損失で構成されます。1GHz以上の周波数領域では誘電体損失の影響が大きくなります。
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次に、S11を観察してみましょう。低域の反射は-40dBで特に問題ないレベルと考えられますが、-14.75dB@5.489GHz、-10.95dB@15.30GHzに目立ったピークが発生しています。これは、5.489GHz、15.30GHzのSin波がSMAコネクタ端で一部反射し、RG402ケーブルに入っていかないことを意味しています。ここで、S21をもう一度注意深く観察してみると、5.489GHz、15.30GHz付近にDip (下向きのピーク)があることに気づきます。これは、5.489GHz、15.30GHz入力の一部が反射し等価的にS21の損失が増加して見えていると考えられます。RG402ケーブル自体にこの様なピーク特性があるとは考えにくいので、SMAコネクタの影響であることが推測されます。
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データレートは、5Gbps等と表示されますが周波数成分は、低域から2.5GHz (5Gbps/2)まで、以降奇数倍調波毎にピークが発生しそのピーク値も高域になるに従い減少していきます。データパターンは、広帯域成分で構成されるため、高域成分が減衰すると高域振幅が減少しISIジッタが発生します。今回評価したRG402の損失特性は、公開されている損失特性と比較すると以下のグラフのとおりになりました。高域になるに従い公開されている損失特性から乖離していくことがわかりますが、半田付け仕上がり具合とSMAコネクタの特性が影響している可能性が考えられます。
次に、E5071Cに実装されているENA Option TDR Simulated Eye Drawを使用して測定したS21特性を通過させた時のアイパターンを見てみましょう。それぞれ、左上: 2.5Gbps、右上: 5.0Gbps、左下: 10Gbps、右下: 16Gbps (Simulator上限)アイパターンで、一見16Gbpsでも通過しそうに見えます。これは、測定したケーブル前後に接続されるインピーダンスが理想50Ωと仮定しているため、実物は更にインピーダンス不連続の影響からアイ開口が劣化すると推測されます。
なお、コンシューマ向け高速シリアルインターフェースでは、コストダウンのため廉価な基板、コネクタ、ケーブルを使用するので帯域が不足しますが、高周波成分を通過させるため送信プリエンファシス、受信イコライザ技術が一般的に使用されています。
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Sパラの利用方法
Sパラを採取しグラフを描画すると反射、損失、クロストーク、ピーク周波数から様々な特性が見えてきます。また、Sパラは周波数領域のデータですがSpiceシミュレータに組み込み、時間領域の解析にも利用でき、試作製造前に基板、部品、コネクタのSパラを採取し設計検証モデル精度を向上させ試作回数を減らすことが可能です。
なお、弊社では様々な部品のSパラ評価、Touch stone採取も承っていますので、Sパラに関してお困りごと、ご相談がある方はお問合せをお願い致します。
今回測定した、RG402 3mのTouch stoneファイルを下記に格納してありますのでご興味ある方は、中身を参照してみてください。但し、本Touch stoneファイルを設計検証等に使用し何等かの不具合が発生しても、弊社は責任を負えませんのでご理解のうえご入手ください。
セミフレキ同軸ケーブルRG402 3m Sパラ: rg402_3m_ma.s2p (Zip, 101KB)
まとめ
今回は、比較的入手し易いセミフレキ同軸ケーブルRG402 3mを題材としてSパラを実際に採取し、S11, S12, S21, S22特性を調べてみました。題材は、単純な同軸ケーブルでしたが、基板、スイッチ、リレー、フィクスチャ等、様々なSパラを採取して周波数特性を確認したり、Touch stoneファイルを採取し設計検証に利用する事も可能です。但し、Sパラは、周波数データポイントが有限なためデータが無い高域部分は振る舞いを表せないという欠点があります。その場合、L(M結合含む)、C、R素子を用いた等価回路をモデルに使用する方が良いケースもあり、用途に応じて使い分けると良いでしょう。
終わりに
実際の開発現場では、今回の評価とは比べものにならない位、様々なパラメータが入り組み更に複雑で難解な評価結果を考察することになると思います。評価に使用したE5071Cもそうですが高価な測定器、シミュレータは数字や波形を示してくれますが、なにが言えるかまでは考えてくれません。これらのデータをどのように解釈し結論を出すかはエンジニアの力量に掛かっていますが、それに必要な洞察力、考察力、論理的思考力、リテラシー (物事を読み解く力という意味で使用。)を身に付け、原石を磨き宝石に変わるようにエンジニアが成長するのはそう簡単ではありません。当然ならが私もエンジニアとして未熟ですが、本稿をここまでお読み頂いた皆様、又は皆様の部下が得られた数字や波形を正しく理解し、深い考察ができるエンジニアに成長できるよう願っています。
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