伝送線路の損失が発生する仕組み、損失による発熱は電子レンジに応用されている?

概要

高速信号を伝送する際、基板上に伝送線路を設けますが高速信号を扱う技術者は、高速になればなる程、信号伝送が難しくなることを経験的に知っています。一体なにが難しいのでしょうか? 今回は、伝送線路の損失について調査してみます。

伝送線路損失の種類

伝送線路損失として考えられる種類は、下記項目が挙げられます。他にも損失と考えられる項目が存在しますが今回は、純粋な損失つまり伝送線路損失の根本原因であり、電気信号エネルギーが消費される項目を選択しました。

  1. 導体損失
  2. 誘電体損失

ここで、LCR素子のおさらいです。LCは、単体でエネルギーを消費することは無く抵抗がエネルギーを消費します。抵抗で消費されたエネルギーは熱に変換され周囲に放出されます。ここでも電気信号は、物理法則に従い伝送されます。

導体損失

まず、はじめに導体損失について考えてみます。高速信号が伝送線路を通過する際は、直列抵抗の影響を受けます。分かり易いDCの場合を考えてみます。DC抵抗は以下式で表され、ρsはシート抵抗値、Lは長さ、Wtは幅を示します。

信号線路とリターンパスは、寸法にも依存しますが両方合計しても1Ω位です。抵抗値は、周波数依存が無くDCでも10GHzでも同じ値を示します。しかし、高周波信号になると電流は、導体の表面しか流れず、物理的な有効断面積が減少し、等価的に抵抗値が上昇した状態になります。ここで導体自身の抵抗は、周波数によって変化しないことに注意して下さい。これを表皮効果と呼び表皮の深さは以下式で表せます。

例えば、Sin波1GHzの場合電流は、導体の表皮から2.1umしか流れません。更に厄介なのは、周波数に応じて表皮効果が変わる=抵抗が周波数依存を持ったように振る舞うということです。基板上に形成される一般的な伝送線路の表皮効果は、GHz領域ではなく想像していたよりもはるかに低い10MHz付近から影響が出るようになります。下図は、DC、低周波、高周波伝送時の導体断面を示し赤い部分は電流が多く、黄色い部分は電流が少ないことを表しています。高周波の時は、表面部分にしか電流が流れないことが分かります。

また、リターンパスは、プレーンと呼ばれる大面積パターンで設計され、DC抵抗は非常に小さいですが、高速信号になると話は変わってきます。高周波になるとリターンパスは、信号線路の直下近傍しか効果がなく、信号線路と同じく表皮効果の影響を受けます。

まとめると、導体損失は直列抵抗として見え周波数依存を持ち周波数が高くなると抵抗値が増えたように見え損失が増加します。

誘電体損失

次に、信号線路とリターンパスの間に詰められている誘電体損失について考えてみます。まず、誘電体が空気の場合を考えてみます。DC抵抗は∞Ωですが、Sin波を印加すると電流が流れますが、電圧と比べ電流は90°位相が進み、理想Cの場合は損失がありません。

実物の誘電体には、理想Cと並列に寄生抵抗がありリーク電流として観測されます。DCリーク電流は、数nA~pAオーダーで殆ど無視できる値ですが、高周波になると無視できない値になります。高周波信号が誘電体に印加されると、電界により誘電体の双極子が整列し電界極性が変わると逆方向に整列します。誘電体は絶縁物なので双極子の動きも小さいですが、微小なAC電流として観測されます。周波数が上がると双極子の動きも早くなりAC電流も増えます。

このAC電流は、AC電圧と同相で抵抗と等価に見え高速信号の一部の電力を双極子間の物理的運動と摩擦により熱に変換され消費されます。一般的なFR-4基板材の場合は、10Hz付近から誘電体リーク電流の影響を受けます。

まとめ

伝送したい信号が高速になればなる程、伝送線路の導体損失と誘電体損失が大きくなり信号伝送が難しくなります。損失に周波数依存があると、データのような広帯域信号を伝送するとISIジッタとなってEye開口を劣化させます。量産製品の場合は、コストを抑えるために損失が小さい高価な基板材を使うことができませんので基板材は、安価なFR-4等の汎用品を使用して送信信号にエンファシスをかけたり、受信信号にイコライザーを使用するケースが多くなっています。

余談ですが、誘電体損失の項で「電界により双極子が整列し電界極性が変わると逆方向に整列する。」と説明しましたが、双極子の整列と逆方向整列を繰り返すと双極子同士が摩擦し誘電体が発熱します。この現象を応用したのが電子レンジで、水を含む食品が高周波信号によって水分子の摩擦が発生し食品自体を発熱させます。このような用途の場合は、誘電体損失が大きい方が都合が良いという逆のケースです。

参考文献

更に詳しく学習したい方向けに参考文献を下記に記載しますのでご参考になさって下さい。

「エリック・ボガティン 高速デジタル信号の伝送技術 シグナルインテグリティ入門」   丸善株式会社

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